森林破壊の経済損失:世界の森が失う「見えない価値」とは?
森林破壊がもたらす「見えない」経済損失
森林は私たちの生活にとって不可欠な存在ですが、その価値は木材としての利用や土地の取得といった直接的なものだけではありません。実は、森林破壊は、私たちの経済活動や社会基盤に多岐にわたる、そしてしばしば見過ごされがちな「見えない」経済的な損失をもたらしています。環境問題として語られることの多い森林破壊ですが、その経済的な側面を理解することは、持続可能な未来を考える上で非常に重要です。
森林が持つ多様な「経済的価値」
森林の経済的な価値は、大きく分けて以下の2つに分類できます。
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直接的価値: 木材、きのこ、果実、薬草といった林産物の採取、あるいは森林を観光地として利用することから得られる経済的価値です。これらは市場で取引され、比較的に価値が把握しやすいものです。
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間接的価値(生態系サービス): これこそが「見えない価値」の主要部分です。森林が大気中の二酸化炭素を吸収・貯蔵し気候変動を緩和する機能、雨水を蓄えて洪水を防ぎ水源を涵養する機能、土壌の流出を防ぎ地滑りを抑制する機能、多様な生物の生息地となり生物多様性を維持する機能、そして人々にレクリエーションや精神的な安らぎを提供する機能などがこれにあたります。これらの機能は直接市場で取引されることは少ないため、経済的な価値として認識されにくい傾向があります。
しかし、これらの間接的価値が損なわれることで発生する経済的なコストは甚大です。
森林破壊による具体的な経済損失
森林破壊が進むことで、以下のような様々な経済的損失が発生します。
- 災害リスクの増加とコスト増大: 森林は洪水や地滑りを防ぐ天然のダム・防波堤のような役割を果たします。森林破壊が進むと、豪雨による洪水や土砂災害のリスクが高まり、その復旧や対策にかかる費用が増大します。国際連合環境計画(UNEP)の報告によると、森林破壊や土地劣化による生態系サービスの損失は、世界のGDPの約10%に相当する可能性があると指摘されています。
- 農業・漁業への影響: 森林は水源を育み、豊かな土壌を維持します。森林破壊により水源が枯渇したり、土壌が流出したりすると、農業用水や灌漑システムに影響が出たり、肥沃な農地が失われたりします。また、森林から流れ出る栄養分は河川を経て海に達し、沿岸漁業の生態系を支えています。森林破壊はこれらのシステムを乱し、農業や漁業の生産量減少やコスト増加につながります。
- 観光収入の減少: 豊かな自然環境や森林景観は、エコツーリズムなどの観光資源となります。森林が失われたり劣化したりすると、観光客が減少し、地域経済にとって重要な収入源が失われます。
- 健康コストの増加: 森林破壊は、媒介生物の生息域を変化させたり、大気汚染を悪化させたりすることで、感染症のリスクを高める可能性があります。例えば、森林が失われた地域でマラリアやデング熱といった感染症が増加する事例が報告されており、これらは医療費の増加という経済的な負担につながります。
- 炭素吸収機能の喪失: 森林は大量の炭素を蓄積しており、気候変動対策において非常に重要な役割を担っています。森林破壊は、この炭素を大気中に放出し、さらに将来の炭素吸収能力を失わせることを意味します。気候変動による経済的損失(異常気象による被害、海面上昇への適応コストなど)は既に世界中で顕在化しており、森林破壊はそのリスクをさらに高めます。炭素価格が設定される市場においては、炭素貯蔵機能の喪失そのものが経済的な損失となります。
経済活動と森林破壊、そして企業の役割
森林破壊の主な原因の多くは、農地への転換(パーム油、大豆、牛の放牧など)、商業的な過剰伐採、鉱物採掘、インフラ開発といった経済活動と深く結びついています。これらの活動は短期的な経済的利益をもたらすかもしれませんが、長期的な視点で見れば、上述したような経済的損失を発生させ、持続可能な経済発展の足かせとなり得ます。
近年、企業や金融機関は、サプライチェーンにおける森林破壊のリスク(供給途絶、ブランドイメージ悪化、訴訟リスクなど)や、投融資先が森林破壊に関与していることによるリスクを認識し始めています。持続可能な調達方針の策定、トレーサビリティの確保、環境配慮型投資の推進など、経済活動を通じて森林保全に貢献しようとする動きも見られます。森林を守ることは、リスクを回避するだけでなく、新たなビジネス機会(サステナブルな製品開発、エコシステムサービスの活用、カーボンオフセット市場への参入など)を生み出す可能性も秘めています。
未来の森を守るための経済的な側面からの行動
森林破壊の経済的影響を理解した上で、私たち個人や社会ができる行動には、経済的な側面からのアプローチも含まれます。
- 持続可能な製品選択: 購入する製品(木材製品、紙製品、食品など)が、持続可能な方法で生産され、森林破壊に加担していないものであるかを確認しましょう。FSC認証(森林管理協議会)のような信頼できる認証マークは、その判断の一助となります。
- 企業の取り組みを支持: サプライチェーンにおける森林破壊対策に積極的に取り組んでいる企業や、環境に配慮した事業を展開している企業を選んで支持することは、市場全体を持続可能な方向へ動かす力となります。
- 森林保全への寄付・投資: 森林保全活動を行う非営利団体への寄付や、持続可能な林業や森林再生事業への投資など、直接的に森林保全を経済的に支援する方法もあります。
- 金融機関への働きかけ: 自分が利用している金融機関が、森林破壊につながるプロジェクトへの投融資を行っていないか関心を持ち、必要であれば対話を通じて改善を求めることも考えられます。
まとめ
森林破壊は、単なる環境問題ではなく、私たちの経済活動や社会の安定に直接的かつ深刻な影響を与える経済問題でもあります。森林が持つ「見えない価値」である生態系サービスが失われることで発生する経済的な損失は計り知れません。この経済的な側面を正しく理解し、個人や企業、社会全体が経済活動を通じて持続可能な森林利用と保全に貢献していくことが、未来の森を守り、同時に経済的な安定と発展を実現するための鍵となります。